身近な人の死を乗り越える方法【死別による喪失感や後悔との向き合い方】

手を握りながら悲しみに暮れる男女
本記事は、親しい人を亡くしてつらい日々を過ごされている方に向けて書かれています。死別を乗り越え、穏やかな心を取り戻す一助となれば幸いです。

誰もが直面する「死別」の悲しみ

人生において、もっとも苦しい経験のひとつが「親しい人との死別」です。

家族や恋人、友人など、身近な人の死に直面すると、私たちの心には大きな動揺が生じます。

そして、ショックを受けると同時に、自然とさまざまな感情が生まれ、その一つひとつに対処せざるを得ない状態となります。

この人生最大の試練ともいえる「心の葛藤」にあなたは必ず打ち勝てます。

数十万年に渡って人類が乗り越えてきたこの苦しみに、あなたが打ち勝てない理由がありません。

以下で詳しくみていきましょう。

死別によって生じる身体症状

誰しも、「大切な人の死」という衝撃的な出来事に遭遇すると、体にさまざまな症状が現れます。

主なものは以下のとおりです。

  1. 動悸
  2. 発汗
  3. めまい
  4. 息苦しさ
  5. 倦怠感(だるさ)
  6. 頭痛
  7. 消化器症状(下痢など)
  8. 日中の眠気
  9. 不眠
  10. 食欲低下

症状は心拍数の増加や発汗、めまい、息切れなどに始まります。

しばらくすると下痢や倦怠感、食欲不振、異常な眠気、不眠などが現れるようになります。

これらの症状のほとんどは、自律神経の乱れによって引き起こされます(対処法については後述します)。

死別によって生じる心の葛藤

大半の人は、身近な人の死に直面すると、以下のような感情が湧き上がってきます。

  1. 喪失感(虚無感、絶望感)
  2. 後悔(罪悪感)
  3. 孤独感
  4. 不安感
  5. 焦燥感

これらの感情と適切に向き合い、折り合いをつけることで、大切な人の死を受け入れられるようになります。

以下では、それぞれの感情の「特徴」と「適切な対処法」を考えていきます。

喪失感(虚無感、絶望感)

喪失感とは、大切な人や物を失ったときに生じる悲痛な感覚や心境を指します。

感覚的に近い感情には、虚無感や絶望感などがあります。

「大切な人がもうこの世にいない現実」を実感し、心にぽっかり穴が開いたような感覚を覚えている状態です。

自分にとって故人の存在が大きければ大きいほどに、この感情を抱きやすくなります。

おそらく、死別によって生じる感情のなかで、もっともつらい感情だと思います。

喪失感への対処法は、「諦める」ことです。

「諦める」とは、「ある願いへの思いを断ち切る」ということです。

諦めるというと、どこかネガティブに感じられるかもしれませんがそれは誤りです。

人は諦められないほどに不幸になります。

今あるものに満足せず、ないものにばかり思いをはせていたらどうなるでしょうか。

その対象が、「頑張れば手に入るもの」だったら人生に活力を与えてくれるかもしれません。

一方で、「どうあがいても手に入らないもの」をうつうつと考えている状態は幸せとはいえない、というのは誰の目にも明らかです。

残酷なようですが、「ないものはない」と割り切ることが、喪失感を払拭する唯一の方法です。

「あるものに目を向けることの重要性」は以下の記事で解説しています。

関連記事:あるものを数える【「今あるもの」のなかから希望を見いだす】

後悔(罪悪感)

故人に対して、「もっと優しくしてあげればよかった」「もっと親孝行をすればよかった」などといった後悔の念が生じることもあります。

また、「心配や苦労ばかりかけてしまった」といった自責の念に駆られることもあるかと思います。

後悔や罪悪感への対処法は、「今からできることにフォーカスする」ということです。

当然ですが、もう故人に直接何かをしてあげることはできません。

そして、過去も変えられません。

ゆえに、過去の行いを悔いても仕方ないのです。

大切なのは、今できることを考え実行することです。

行動の内容は、「故人の思いを尊重したもの」にしましょう。

ようは、あの世の故人が喜ぶようなことを考え実践し、後悔や罪悪感と折り合いをつけよう、ということです。

例として、親が亡くなった場合を考えてみましょう。

生前、親とほとんど会話をしなかったことが後悔としてあるとします。

そのような場合は、仏壇の前で故人に話しかけたり、心のなかで感謝の気持ちを伝えたりする習慣を身に付けてみましょう。

生前、「早く結婚しなさい」とよく言われていたのなら、これを機に結婚活動を始めてみてもよいでしょう。

これらの行動は「自己満足」ともいえますが、それでよいのです。

どのような形であれ、後悔や罪悪感を払拭し、たくましく生きていくことが故人への最大の罪滅ぼしになるのではないでしょうか。

孤独感

孤独感とは、「独りで寂しい」という感情を指します。

故人との親交が深ければ深いほどに感じやすくなる感情です。

また、家族や友人といった頼れる人が周りにあまりいない場合にも抱えやすい感情といえます。

孤独感への対処法は、「死別の苦しみを誰かとわかちあう」ということです。

死別の苦しみを共有することで、「独りじゃない」「死別が苦しいのは自分だけじゃない」などと思えるようになります。

また、「死別」という深いテーマで語り合うことは、より強い信頼関係を築くきっかけにもなり得ます。

話し相手は、できれば故人を知っている人がベストですが、故人を知らない友人などと楽しく会話をするだけでも孤独感は和らぐと思います。

孤独感を和らげるうえで、「何かに没頭する」というのも有効ですが、大切な人を失った直後に何かに没頭するのは難しいかもしれません。

不安感

不安感とは、漠然とした恐怖の感情で、心がザワザワして落ち着かない状態を指します。

「故人がしっかりと成仏できたのか」「あの世で寂しい思いをしていないか」「これからどう生きていこう」など、故人や自分、残された家族の今後について悶々と考えることで不安感は増強されます。

責任感が強い人ほど抱えやすい感情だといえます。

不安感への対処法は、「答えの出ないことや先々のことを考えない」ということです。

不安感を軽減させるには、「余計なことは考えない」という心がけと「なるようになる」という楽観的思考をもつことが重要です。

何でもかんでも背負うことはやめ、意識的に「気負わない生活」を心がけてみてください。

焦燥感

焦燥感とは、焦ったり、イライラしたりすることです。

死別という受け入れがたい現実に直面し、焦ったり、イライラしたりしてしまうこともあります。

焦燥感への対処法は、「ストレス発散を意識しつつ、目の前のやるべきことを1つずつこなしていく」ということです。

焦りの感情には、やるべきことを確実に消化していくことで対処し、イライラには、趣味などの「楽しいと感じること」で対処します。

前述した「これからどう生きていこう」といった不安な感情は、焦りにつながります。

また、家族が亡くなった場合は、葬儀の段取りや役所への届け出、お墓の建立などの「やるべきこと」がたくさん出ててくることも焦りの感情を増やす要因となり得ます。

ただでさえ心身に負荷がかかっている状況で、「手続き」という名の新たな負荷が加わり、焦りの感情が増してしまうわけです。

まずは、やるべきことに優先順位を付けることから始め、今日はこれをやって明日はこれをやる、といった具合に計画的に進めていきましょう。

手続きをする自信や余裕がない場合は、行政書士や司法書士、税理士などに任せることも検討しましょう。

当然費用はかかりますが、「心身への負担を抑える」「時間を買う」などと思えば、そこまで悪い選択ではないと思います。

とはいえ、あえて手続きに追われるようにして、悲しむ暇をつくらない、という考え方もあります。

各種手続きが一段落したら、趣味や旅行で心を休ませるとよいでしょう。

死別を乗り越える方法

「死別を乗り越えた状態」とは、一体どのような状態を指すのでしょうか。

それはおそらく、心身が以前の状態に戻り、普段どおりに生活できている状態を指すのだと思います。

そうなるためには、以下の3つが重要となります。

  1. 体を整える
  2. 心を整える
  3. 現実を冷静にとらえる

体を整える

前述したとおり、死別などのショックな出来事(過度のストレス)は、自律神経の乱れを招きます。

その状態を放置することで、胃潰瘍やうつ病といったさまざまな疾患の発症リスクが増加するため、適切に対処する必要があります。

自律神経を整えるうえでの基本は次のとおりです。

  1. 生活習慣を正す
  2. ストレスに対処する

睡眠・食事・運動に気をつける生活すれば、自律神経は安定しやすくなります。

くわえて、自分なりのストレス発散法を確立しておくことや、入浴で心身をリラックスさせることなども有効です。

「自律神経を整える詳しい方法」は、以下の記事にて解説しています。

関連記事:自律神経の乱れを整える方法:生活習慣の修正・ストレスへの適切な対処

心を整える

心を整えるうえで、確実に押さえておくべきことは次のとおりです。

  1. しっかりと泣く
  2. つらいときは睡眠を長めにとる
  3. 人は「忘れる生き物」だということを心にとどめておく
  4. セロトニンやオキシトシンが増える生活を送る

しっかりと泣く

人は泣くことによってコルチゾールなどのストレスホルモンを体外に排出します

そのため、しっかりと泣くことは、死別の苦しみを和らげるうえで必須となります。

故人を思って泣くのは、決して恥ずかしいことではありません。

大切な人の死後数日間は、一人きりのときはもちろんのこと、人前でも遠慮せずに泣きましょう。

とくに、葬儀などで涙をこらえる必要はまったくありません。

泣くと周囲の迷惑になりかねない場所(職場など)で泣きたくなったら、トイレの個室や人気のないスペースに行って泣きましょう。

普段多くの人は、羞恥心などから泣くのをためらいがちですが、大切な人が死んだときくらいは気が済むまで泣きましょう。

「泣くこと」は、死別を受け入れるうえで必須の過程だということを忘れないでください。

つらいときは睡眠を長めにとる

睡眠にはつらい記憶を消したり、感情を整理したりする作用があるため、心を整えるには不可欠の存在だといえます。

適切な睡眠を繰り返すことで、つらい感情がグラデーションのように少しずつ薄くなっていきます。

一般的に、理想的な睡眠時間は7〜8時間程度とされていますが、「起きていると心がつらくてたまらない」というときは、緊急措置として9〜10時間程度眠ることをおすすめします。

人は睡眠中に悲しむことはできません

ゆえに、「睡眠=絶対的な癒やし」といえます。

意識的に睡眠時間を長くし、覚醒時間を短くすることで、つらい時間を少なくすることが可能となります。

ただし、8時間以上の睡眠には、頭痛などの不調や睡眠障害、生活習慣病などを招くおそれがあります。

そのため、心が安定してきたら、少しずつ理想的な睡眠時間(7〜8時間程度)に戻していきましょう。

「睡眠の重要性」については、以下の記事でまとめています。

関連記事:健康・美容・脳機能の維持に欠かせない「睡眠」【睡眠不足が招く弊害とその解消法】

人は「忘れる生き物」だということを心にとどめておく

人は「忘れる生き物」です。

忘れたくないことですら、時間の経過とともに少しずつ曖昧になっていきます。

時がたつにつれて、つらい心情は少しずつ軽くなっていく(忘れていく、慣れていく)ということを心にとどめておいてください。

そして、つらいうちは、できるだけリラックスした時間を過ごすようにしてください。

趣味に没頭したり、ソファで動画を見たり、カフェで読書をしたりと、気の(おもむ)くままに行動してみてください。

そうすることで、極力苦しい感情を抑えつつ、時間を経過させることができます。

セロトニンやオキシトシンが増える生活を送る

セロトニンやオキシトシンは「幸せホルモン」とよばれる脳内物質です。

これらを増やすことで、精神が安定するようになります。

幸せホルモンを増やす主な方法は次のとおりです。

  1. 運動をする
  2. 日光を浴びる
  3. トリプトファンを多く含む食品をとる
  4. 親しい人や動物とふれあう

セロトニンは、運動や日光浴をすることで増えます。

おすすめは、外を30分程度歩くことです。

また、トリプトファンが変化してセロトニンになるため、トリプトファンを多く含む食品を食べることも有効です。

トリプトファンは、大豆製品や青魚、ナッツ類、バナナなどに多く含まれています。

とくにバナナは手軽に食べられるのでおすすめです。

オキシトシンは、人や動物とふれあうことで増えます。

友人と食事に行ったり、ペットと遊んだり、猫(犬)カフェに行ったりしてみるとよいでしょう。

「精神的につらいときの対処法」は、以下の記事でまとめています。

関連記事:精神的につらいときの対処法:環境・思考・行動・脳内物質を最適化し、少しずつ慣れる

現実を冷静にとらえる

なぜ「死」は悲しいのか、と考えたときに、「死のとらえかた」が大きく関わっているように感じます。

死を冷静にとらえることで、死別の悲しみをある程度は和らげることができます。

人が死んだらどうなるのか、ということは誰にもわかりませんが、可能性としては以下のようなものが考えられます。

  1. 無になる
  2. 体から開放され、いわゆる「魂」のような存在になる
  3. 生まれ変わる

当然ながら、どれが正解か(もしくはまったく別の答えがあるのか)は現代科学では検証不可能です。

ゆえに、人の死後をあれこれ考えるのは不毛であるばかりか、死別の悲しみを増幅する原因にもなり得ます。

故人を思うあまり、「あの人が無になってしまったかもしれない」「ちゃんとあの世に行けたかな」「ちゃんと生まれ変われたかな」などと確かめようのないことに思考を巡らせていては心が疲弊してしまいます。

残された私たちが「大切な人の死」と向き合う際は、確かめようのない「故人の行方」ではなく、「あるがままの現実(事実)」に目を向けるべきです。

私たちが死別に直面したときに意識すべき「現実」は次のとおりです。

  1. 故人は身体的な苦痛から開放された
  2. 人は必ず死ぬ
  3. 自分自身の死期が遠いとは限らない

故人は身体的な苦痛から開放された

死の直前には、多かれ少なかれ身体的(感覚的)な苦痛が生じます。

それは、痛みであったり、息苦しさであったりします。

死ぬということは、すべての感覚や身体機能が完全に停止することを指します。

ゆえに、亡きがらとなった大切な人は、苦痛を一切感じていない状態といえます。

病気や事故、老衰などで大きな苦痛を強いられていた人にとっては、死は「救い」といえます。

この紛れもない事実を意識することは、残された人が心の平安を保つうえで重要となります。

故人が無になったのか、あの世に行ったのか、生まれ変わったのか、といったわかりようのないことには目を向けず、少なくとも身体的な苦痛からは開放されたという事実に目を向けましょう。

人は必ず死ぬ

人は誰しも、遅かれ早かれ故人と同じ道をたどることになります。

今現在、死別によって悲しみに暮れている人たちも、数十年後には、この世に存在していないでしょう。

いずれ自分を含む全員が死ぬ、という当たり前の事実をあえて意識することは、死別による過度の苦しみ軽減するのに、多少なりとも役立つと思います。

自分自身の死期が遠いとは限らない

大半の人は、無意識のうちに「自分はまだまだ長生きする」と思い込んでいます。

このことも「悲しみ」を大きくする要因になっているように思います。

ようは、「これからの長い人生、もうあの人とは会えないんだな」と無意識のうちに思うことで、悲しみを増幅させているのです。

いうまでもなく、自分が「いつどのようにして死ぬのか」はわかりません。

2〜3年後に病死するかもしれません。

もっといえば、今日や明日、交通事故や心臓発作で亡くなる可能性もあるのです。

自分が近日中に死ぬとしたら、故人を偲んでいる場合ではないですよね。

また、「自分の死期が遠いとは限らない」という事実を頭の片隅に置いておくことで、一日一日を大切に過ごせるようになると思います。

故人の遺志を受け継ぎ、生きる原動力にする

大切な人の死によって、死生観や人生観がガラッと変わることはよくあるといいます。

今までは見えていなかった「大切なもの」が見えるようになったり、故人の思いを尊重するような生き方をするようになったりします。

故人の遺志を受け継ぎ、それを成し遂げるために生きるのはとても尊いことです。

「遺志を継ぐ」といっても、何も大層なことである必要はありません。

故人の遺志を尊重するあまり、自分に過度な負担を強いるようになっては身もふたもないので、できる範囲のことを探してみましょう。

まずは、亡くなった人の遺志(故人が生前にもっとも大切にしていたこと)を考えます。

そのなかで、自分が無理なくできることを選び実践していくとよいでしょう。

参考までに、多くの人が抱える「遺志」には、以下のようなものがあります。

  1. 家族に不自由のない生活をさせてあげたい
  2. 子どもを立派な大人に育てたい
  3. 妻(夫)をしっかりと支えたい
  4. 親孝行がしたい
  5. ペットと楽しい思い出をつくりたい

故人の代わりとなって「故人がやり残したこと」を行えば、故人も浮かばれることでしょう。

また、たとえ自己満足であっても、「故人に恩返しをするんだ!」といった感情は、人生に大きなエネルギーを与えてくれると思います。

故人があの世で望んでいること

縁起でもないですが、仮に今あなたが亡くなった場合、あなたはあの世でどのようなことを考えますか?

残してきた大切な人に感謝するとともに、その人のこれからを心配し、心の底から「幸せになってほしい」と願うのではないでしょうか。

そして、亡きがらとなった自分を思って泣いてくれる大切な人を見て、「ありがたい」と思うとともに、「早く立ち直って、元気になってほしい」と切に願うはずです。

故人もきっと同様のことを考えているはずです。

故人を思い、泣いたり苦しんだりするのは当然のことです。

ただ、それを延々と続けていては、故人にいつまでも心配をかけ続けてしまうことになりかねません。

毎日故人に感謝し、元気に前向きに生きていくことが、亡くなった人への最大の恩返しになるのだと思います。

抱き合って悲しみに暮れる二人の女性
私事になりますが、この記事は、私の父が亡くなった当日に書き始めました。

今なら「死別のつらさ」を100%理解できる、と思い書き始めましたが、頭がうまく回らずなかなか執筆が進みませんでした。

身近な人を亡くしてつらい思いをされている方の参考になるかもしれないので、今回の死別の体験をざっくりと記します。

父はある病気で半年間ほど入院していました。

某日午前、病院から「父が危篤」との連絡があり、家族全員で病院へ駆けつけました。

病室のカーテンを開けると、ベッドの上には酸素マスクを付けた父がもうろうとした意識のまま横たわっていました。

体格のよかった父の体重は30kg代まで落ち、まるで別人のような姿になっていました。

新型コロナウイルスの影響で、半年間もの間父と会えていなかったため、変わり果てた父の姿を見て、家族全員が大きなショックを受けました。

私たちが病室に到着してから、およそ10分後に父は他界しました。

ベッドの上で苦しそうにしていた父が徐々に動かなくなっていくさまはあまりにも残酷でした。

家族全員が父へのこれまでの感謝の気持ちを伝えることができたのが、せめてもの救いです。

父の死後、しばらくは放心状態となり、頭がフワフワとした状態となりました。

たとえるなら、「夢のなかにいるような状態」です。

ショックのあまり、何かしらの脳内ホルモンが大量に分泌されていたのかもしれません。

「夢を見ているみたいだな」「夢ならいいのに」と何度も思いましたが、夢ではないと自覚するたびに、経験したことのない大きな「喪失感」や「孤独感」がこみ上げてきました。

しばらくすると、「後悔の念」も現れ、それらが胸の奥に居座るようになりました。

父が亡くなった当日は、異常なほどの眠気に襲われました。

食欲はほぼ完全に消失し、父の死後3日間ほどは食事らしい食事はできませんでした。

死後5日間ほどは、ふとしたときに涙が出て、なかなか止まらずに苦労しました。

起きていると地獄のようにつらかったので、最初のうちは9〜10時間ほど眠りました(普段の睡眠時間は7.5時間程度です)。

ウォーキングは毎日行い、できるだけ太陽を浴び、体を動かすようにしました。

また、暇だとつらい感情が増すので、ブログの執筆や仕事関連の作業に没頭するようにしました。

父の死後2週間ほどが経過し、ようやく現実を受け入れられるようになりました。

生活のリズムに関してはほとんど元に戻りましたが、心が元の状態に戻るには、もう少し時間がかかりそうです。

ただ、「人は忘れ、慣れる生き物」だということを知っているので、焦らずに少しずつ乗り越えていこうと思います。

あなたも、焦らず、ゆっくりと死別を受け入れ、穏やかな心を取り戻していってください。

一日でも早く、あなたの心と体が回復し、平穏な日常を送れるようになることを心より願っています。